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精巣腫瘍の手術について
飼い鳥に発生する精巣腫瘍のほとんどはセキセイインコでみられます。ボタンインコやオカメインコにも稀に発生がみられますが、老齢性の場合がほとんどです。セキセイインコの精巣腫瘍は、早いものでは2歳くらいからみられますが、好発年齢は4~6歳くらいです。
哺乳類であれば、精巣は体腔外にあるため、容易にアプローチが可能です。しかし鳥の精巣は体腔内にあり、しかも腫瘍が発見される時は、体腔内でかなり大きくなってしまっていることが多いため、非常にアプローチが難しくなります。ゆえに精巣腫瘍の摘出手術は不可能であると言われてきました。
しかし精巣腫瘍は、摘出できれば完治させることができる病気であるため、当院ではなんとか摘出できないものかと研究を重ねて参りました。そして2006年に、超音波乳化吸引装置を用いて、ついに摘出手術に成功させました。しかしまだまだ成功率が高い術式ではなく、手術中に命を落とす鳥も多くいます。成功率が高くならないのには、次のような理由があります。
(1) | 精巣がすでに体腔内で大きく腫大してしまっているため、呼吸器を圧迫している。 | 鳥は気嚢を膨らませたり、縮ませたりすることによって呼吸しています。精巣が腫大すると、この気嚢を圧迫するため、呼吸が苦しい状態となります。 また腹水が貯留しているとさらに悪化します。呼吸が苦しい状態での麻酔は、リスクが高くなります。 |
(2) | 摘出時に出血が多い。 | 精巣腫瘍は、毛細血管が豊富で、非常に脆弱な組織です。精巣を摘出するには、超音波乳化吸引装置で腫瘍細胞を取り除きますが、この際に出血を伴います。出血に対しては、人工血液やドナー鳥からの血液を用いて輸血を行いますが、人のように持続的に輸血ができるわけではありません。よって出血量が多くなると、血圧が低下し、手術中に命を落とすことになります。 |
(3) | 精巣背側の靭帯の結紮ができないことがある。 | 精巣は、腸管腹膜腔の背側に靭帯でくっついています。精巣への動静脈はこの靭帯の中を通っています。よって精巣を摘出するには、靭帯内の血管を結紮して、靭帯を切り離していく必要があります。しかし精巣が背側の組織と癒着していると靭帯が確認できず、切り離せないことがあります。 |
(4) | 精巣が、周囲の組織と癒着していることがある。 | 精巣に気嚢や腸管が癒着している場合、摘出ができないことがあります。 |
この4つのリスクを考慮すると、手術が成功するための条件は次のようになります。
(1) | 精巣が呼吸器を強く圧迫しておらず、呼吸困難を起こしていない。 |
(2) | 手術中の出血が少ないか、輸血によって回復できる程度の出血量である。 |
(3) | 精巣背側の靭帯が伸びており、結紮が容易にできる。 |
(4) | 精巣へ周囲の組織が癒着していない。 |
このように良い条件が揃わないと手術はうまくいきません。しかし②~④に関しては、術前に確かめることはできず、術式を進めていかないと分かりません。よって手術を受ける際には、かなりリスクが高いことをご理解頂いた上で行うことになります。
しかしリスクの高い手術を受けるかどうかを決断するのは、かなり迷うところであり、どうすればよいのか判断が難しいと思います。当院では、次の2つの選択肢で考えて頂くようにしています。
方針 | 考え方 | メリット | デメリット |
手術を受ける | 先が長くなく、苦しい状態が続くのであれば、リスクが高くても治る方法にかけたい。 | 手術が成功すれば、完治する。 | 術中または術後に命を落とす可能性が高い。 手術が成功しても再発する可能性もある。 |
手術を受けない | 手術で命を落とす可能性が高いのであれば、残りの余生を見守りたい。 | もしもの時に家で看てあげることができる。 | 腫瘍が腫大したり、腹水が貯留したりすると、どんどん苦しくなってくる。 |
鳥自信は、どうしたいのかを判断することはできません。ですので飼い主さん自信が、どうしてあげたいのかをよく考えた上で結論を出して頂ければと思います。精巣腫瘍の術式は、まだ確立されたものではありませんが、当院では現在次のような方法で手術を行っております。今後も研究を重ね、よりよい方法を見つけていきたいと思います。
精巣腫瘍の概要についてはコチラ
精巣腫瘍のレントゲン検査
精巣腫瘍は、女性ホルモン産生性であることが多く、雌の発情期と同様に骨の内部にカルシウムを蓄えます。これが全身性にみられることから、多骨性過骨症と呼ばれます。
ラテラル像ラテラル像 背中側に大きな精巣腫瘍があります |
造影撮影・ラテラル像 精巣腫瘍により腸管が腹側へ変位しています |
VD像 全身の骨に石灰沈着があり、白く見えます |
造影撮影・VD像 精巣腫瘍によって腸管が尾側へ変位しています |
手術法
皮膚切開
皮膚の切開は、T字切開を行います。まず正中を切開した後に、胸骨に沿って左右に切開します。
腹筋および肝後中隔の切開
次に腹筋を切開します。腹筋は、皮膚の切開と同様にT字に切開します。腹筋を切開すると、肝後中隔があります。肝後中隔には、腹側腸管膜で回腸が接合しているので、これを避けて正中で切開し、右側は筋肉の切開に合わせて切開します。左側は、筋胃の辺縁に沿って切開します。
精巣腫瘍の確認
開腹すると腸管がありますので、これを脱出させると精巣が確認できます。
腫瘍内部の吸引
精巣の漿膜にレーザーメスで穴を開けます。この穴に超音波乳化吸引装置を入れ、腫瘍内部を吸引します。この時に最も出血を伴いますので、早急に吸引を終わらせる必要があります。もしこの時点で大量に出血してしまった場合には、輸血を行います。
靭帯の結紮と切断
次に、内部が吸引されて精巣が縮小するため、精巣背側の靭帯が確認できるようになります。この靭帯内に血管が通っているため、精巣内部で起こった出血は、この血管を結紮しない限り止りません。靭帯の結紮は、ヘモクリップという止血クリップを使います。しかし1つのクリップでは、靭帯全てを結紮することはできません。なので、クリップで結紮した部分だけレーザーメスで靭帯を切断し、すぐに次のクリップで結紮し、切断することを数回繰り返します。全ての靭帯が結紮され、切断されると精巣が摘出できます。
しかしもし精巣が背側の組織と癒着しており、靭帯がはっきりと確認できない場合には、摘出することはできません。また精巣に気嚢や腸管が癒着していると摘出できないことがあります。
精巣腫瘍は片側性が多く、対側は萎縮しています。この萎縮した精巣も確認できれば、摘出します。残しておくと、腫瘍化する可能性があります。
縫合
精巣の摘出が終わった後は、腸管を体腔内に戻し、閉腹します。縫合は、肝後中隔、腹筋、皮膚の順に行います。
輸血
術式が終わった時点で、貧血や血圧の低下がある場合には、輸血を行います。
予後
完全に切除できれば、完治します。再発が無いかどうかは、術後しばらくしてからレントゲン検査で確認します。
術後1ヵ月後のレントゲン写真です。多骨性過骨症が消失し、腫瘍の再発もみられません。
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